THE TRIO
THREE
IS A ROOM.
The band inside
the name.
今号はJohn Mayer Trioを読む。三人の履歴と、同じ部屋にいるときに残る文法。
名前はギタリストのものだが、トリオは一人のサイドプロジェクトではない。ドラマーのSteve Jordanがタイムを握り、ギターとボーカルがその上で動き、ベースの座にはPino Palladinoの手がよく座った。今号はこの面々を、ファンリストではなく演奏の順序として追う。
Mayerのポップチャート時代からブルースへの転換、Jordanが築いてきたセッションとKeith Richards・SNLとの経歴、Try!とContinuumが重なる区間——公開された記録と本人の回想を区別して記す。
掲載された写真は各撮影者のライセンスを確認し、正直なクレジットと共に掲載した。
John Mayer
チャートのソングライターから、部屋の中のギタリストへ——その転換の中心にトリオがある。

John Clayton Mayerは1977年10月16日、コネチカット州ブリッジポートに生まれ、フェアフィールドで育った。父は高校の校長、母は英語教師だったと複数の伝記に記されている。10代でブルースに夢中になりSquier Stratで腕を磨き、Stevie Ray Vaughanのシグネチャーモデルを目標のように集めていたという逸話はギター誌のインタビューで繰り返し語られる。学生時代のバンドAnother Roadside Attraction、Villanova JunctionのレパートリーはSRV風のカバーに近かった。
1997年にバークリー音楽大学に入学するも2学期で中退し、アトランタへ移る。Clay CookとLo-Fi Mastersとしてクラブを回ったのちソロへ転向、1999年のEP『Inside Wants Out』とSXSWを経てAware/Columbiaと契約する。Room for Squares(2001年)収録の「No Such Thing」「Your Body Is a Wonderland」で大衆の前に立ち、後者でグラミー最優秀男性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞した。
Heavier Things(2003年)はビルボード・アルバムチャート1位を獲得し、「Daughters」でさらにグラミー賞を加える。同時にメイヤーはポップ中心のイメージとギタリストとしての渇望との間で葛藤を意識し始める。Rolling Stoneのインタビューでは、トリオをClapton・Hendrix・SRVのトリオ作業からヒントを得た選択だと説明し、「見えないポップの賞」から一歩退きたかったと語った——本人の言葉としてそのまま残す。
ドラマーのSteve JordanとはHeavier Thingsのセッションで出会った。メイヤーはジョーダンと演奏すると日に日に上達したと振り返る。その後ベーシストPino Palladinoが加わったJohn Mayer Trio、ライブアルバムTry!(2005年)、ジョーダンがプロデューサーとして深く関わったContinuum(2006年)へとつながる。Continuumはベストポップボーカルアルバムのグラミーにもつながり、「Waiting on the World to Change」「Gravity」「Slow Dancing in a Burning Room」がその時期を代表する曲として残る。
好みの軸ははっきりしている。ブルース・ギターの語彙、ソウル/R&Bのグルーヴ、ポップなメロディを一本の線に乗せようとする姿勢。Mixのインタビューでは、ジョーダンが「部屋で演奏し、マイクがそれを受け取る」即時性を引き出したと語っている。トリオは、その即時性をステージ形式として固定した実験に近い。
Continuumの「Gravity」を改めて聴くと、ギターが急がない区間が長く続くことに気づく。それが可能なのはソロのテクニックだけが理由ではない。ジョーダンが前へ押し出さないバックビート、ピノ側の低音が空間を飲み込まない選択——メイヤーが「これ以上音を足さない」を選べる部屋が、先にあるからだ。トリオが開いた次の部屋とは、ギターヒーローになることではなく、弾かなくてもいい格子を手渡されたことに近い。
IN HIS PLAYING.
Continuum
ソロ名義のアルバムでありながら、トリオが開いた時間感覚が土台に流れ込んでいる。

Continuumは2006年9月にリリースされた。メイヤーのソロ・ディスコグラフィーの中で、ブルース・ソウル・ポップが一つの軸に整列した地点としてしばしば読まれる。プロデューサー・クレジットにSteve Jordanが深く関わり、リズムセクションの骨格にジョーダンの手が入っている。ベースはPino Palladinoを中心に、曲によっては他の演奏者も参加する。
公になっている話によれば、Continuum制作中の一部の曲はトリオのツアー現場で先に磨かれた。「Gravity」「Vultures」のようにライブアルバムとスタジオ盤の両方に登場する曲が、その経路を示している。ジョーダンはInside Blackbirdなどで、三人にすでに「something」があり、アルバムを作る途中でツアーに出たと語っている。
「Waiting on the World to Change」のライドのグルーヴについて、ジョーダンは後年のクリニックでモーリス・ジェニングスらのレファレンスを直接挙げている。「Vultures」のハイハットのアプローチはアル・グリーン/ウィリー・ミッチェル系の伝統を意識したという趣旨の発言も残っている。本人が直接明かしたレファレンスであるため、伝説ではなく選択に近い。
メイヤー自身、Continuum期のジョーダンとの共作を「グリット(grit)」と「プリティ(pretty)」の組み合わせのように表現したことがある。ギターヒーローの物語だけでこの作品を語ってしまうと、ジョーダンとピノの居場所が消えてしまう。土台から聴くほうが正しい。
Continuum (2006) credits
Mix — John Mayer
Drumeo / clinics — Jordan on specific grooves (first-person)
John Mayer Trio
三人は人数ではない。結成の経緯からステージでの逸話まで——部屋が作られていく過程そのものだ。
どう集まったか。2005年前後、メイヤーはポップチャートの競争から一歩退き、ブルースとルーム演奏の方へ重心を移す。Rolling Stoneによれば、トリオはClapton・Hendrix・SRVのトリオ作業からヒントを得た選択だった。ドラマーはHeavier Thingsですでに息を合わせていたSteve Jordan。ベーシストにはThe Who、Jeff Beck、D'Angeloのセッションなどで名を知られたPino Palladinoが座った。リハーサル時間は長くなかったという記録がある。ケミストリーはリハーサルの量よりも部屋での即時性に賭けたというニュアンスだ。
三つの手が来る前。Mayerはソロヒットとコーヒーハウス・アトランタのシーンを経てこの部屋に入った。Jordanは SNL・Lettermanの放送バンド、Blues Brothers、Keith RichardsのX-Pensive Winos、無数のセッションを経てきたドラマーだ。Palladinoは The Whoツアー、Phil Collins、Eric Clapton、D'AngeloのVoodoo期など、低音側の経歴が幾重にも重なっている。トリオは「若手ギタースター+未熟なリズムセクション」ではなく、すでにそれぞれの部屋で鍛えられた三つの手の交差に近い。
重なる日程。三人に「something」があると感じた後、Continuumを作っている最中にトリオでツアーを回ったという話がジョーダン側から出ている。だから「Gravity」「Vultures」のような曲がライブとスタジオに重なる。メイヤーはトリオが頭の中の次の部屋を開いてくれたと表現したことがある。ジョーダンは、人数が減ってもフィルを増やさない——音楽が先だという趣旨でトリオの演奏を説明してきた。
残された記録。公式のスタジオ・トリオ・アルバムは存在しない。代わりに、ライブアルバムTry!(2005)、Continuumに滲んだグルーヴ、その後のライブ記録であるWhere the Light Is(2008)、そして2023年のLove Rocks NYCのような再結成ステージが、その肖像を形づくっている。完結した製品ではなく、必要なときに再び開かれる部屋——そのイメージがこのトリオにふさわしい。
ピノの名前は、すでにクレジットとステージの中にある。三つ目の椅子を抜けば部屋が成り立たないという事実だけを、結成の経緯と逸話の中に残しておく。
NOT A HEADCOUNT.
Rolling Stone — Mayer on Trio formation
Mix / Jordan public comments on tour-during-Continuum
Try! (2005) album credits
Steve Jordan
ジョーダンの経歴は、バックビート一行には収まらない。放送バンドからストーンズまで、その手がメイヤーの部屋を支える。
Steve Jordanは1957年1月14日、ニューヨークに生まれた。10代でスティーヴィー・ワンダーのバンドのステージに立ったという記録があり、1970年代後半はSaturday Night Liveのバンド、1980年代はLate Night with David Lettermanのバンドを経た。Blues Brothersのツアーとアルバムにも名を連ねている。放送バンド出身が「正確さ」だけを残したのではなく、その後のロック・R&Bセッション全般でグルーヴの基準として呼ばれ続ける理由がそこにある。
ローリング・ストーンズ、キース・リチャーズとの縁は長い。ワッツがSNLでジョーダンに目を留めたという話がリチャーズの回顧録に登場し、Aretha Franklinの「Jumpin' Jack Flash」の仕事、X-Pensive Winosでの共作・プロデュースへとつながる。Talk Is Cheapなどでジョーダンはドラマーを超えたパートナーに近い。2021年以降はワッツの不在を埋め、ストーンズのツアー・ドラマーとしても名を連ねた。
メイヤーとの仕事はHeavier Thingsから始まり、トリオとContinuumで深まる。Continuumのプロデューサーとしてグラミー(Best Pop Vocal Album)とも結びつき、特定のグルーヴのレファレンスをクリニックで直接説明している。トリオについては、空間ができてもフィルを増やさない——音楽が先だという姿勢を保ってきた。
Continuumの「Waiting on the World to Change」だけを選んで聴いてみる。ジョーダンは後年のクリニックでこの曲のライドパターンを解説しながら、特定のドラマーや伝統から意識的に借りたと語っている。ラジオでまず耳に入るのはメイヤーのフックだが、そのフックが立つ床は過剰でない反復だ。同じアルバムの「Vultures」でも、彼はアル・グリーン/ウィリー・ミッチェル系のハイハットの伝統に言及する。単なる参照の羅列ではなく、曲ごとに『どの部屋の手』を選ぶかというプロデューサー気質のドラマーの習慣なのだ。
代表的に語られる仕事だけ短く記すと、Mayerの Continuum・Trio、Richards/Winos、数多くのセッション(Alicia Keys、Springsteenの一部作品などのクレジットにも登場)、そしてストーンズのツアー期。「バックビート奏者」というより、時間を設計する手に近い。
OTHER PEOPLE STAND ON.
Steve Jordan — overview
Rolling Stone — Jordan / Stones
Try!
最初の公式肖像はライブ盤。
Try! John Mayer Trio Live in Concertは2005年11月22日にリリースされた。クレジットの三つの席:John Mayer、Steve Jordan、Pino Palladino。オリジナルとHendrix・Ray Charles系のカバーが混ざったセットは、カバーの丁寧さよりも三人が一つの部屋で互いに空間を空け合うやり方を見せている。
「Who Did You Think I Was」「Gravity」「Vultures」などがこの時期のライブの文法とContinuumの間に橋を架ける。ライブアルバムをスタジオ盤の劣った複製として聴く必要はない。部屋が狭く、マイクが正直であるときに残る緊張こそが、トリオのアイデンティティに近い。
「Who Did You Think I Was」の導入だけを単独で聴いても、トリオの部屋が見えてくる。ギターがまず押し出すように聞こえるが、一巡すると、ドラムは空間を閉じずに開けたままにしている。ピノの低音は、その開いた枠を埋めながらもメロディを覆わない。Try!の全体を解説する必要はない。一曲の最初の八小節に、すでに三つの椅子の契約が書き込まれている——誰が押し、誰が余白を残し、誰が重さを支えるのか。
その後、Where the Light Isなどの公式なライブ記録にもトリオのセッションが残る。完結したスタジオ・トリオ・アルバムがないという事実自体が、この形式が現場の部屋に依っていることを示している。
Try! John Mayer Trio Live in Concert (2005) — label credits
Rolling Stone / Mix on Trio period
THE TRIO
メイヤーの名前は看板であり、ジョーダンの時間は壁であり、ピノの低音はその部屋の重さだ。
Continuumはその部屋がスタジオに滲み込んだ記録であり、Try!は部屋が舞台に先に書き込まれた記録だ。一人の英雄に縮めない。三人が同じ時計を見るときに残る順序を追う。
BEFORE THE SOLO.
Music,
well considered.
読みやすく、長く弾いてきた人が戻る理由のある話を探す。